未来からのしるし
日本基督教団小金井緑町教会 牧師
山畑 謙
その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。
「いと高きところには栄光、神にあれ、
地には平和、御心に適う人にあれ。」
(新約聖書 ルカによる福音書2章8節~14節)
クリスマスにかかわる聖書の言葉の中で、天使たちが「あなたがたは幼子が布にくるまって飼い葉桶の中に寝かしてあるのを見るであろう。それがあなたがたに与えられるしるしである」と、夜野宿して羊の群れを飼っていた羊飼いたちに告げたとあります。一つのしるしが与えられる、ということは、そのしるしをどう見分けるかということが大切なことになる訳です。
小松左京著の『日本沈没』という小説があります。つい先日も、ドラマ化されていました。小説として非常にドラマチックで、しかも読む者にリアルに迫ってくる小説ですが、その冒頭に出てくる一つのシーンが、実に印象的であり、暗示的であります。一人の青年が水を飲もうとして、東京駅の水飲み場に入っていきます。そこで彼は壁に細かい亀裂が走っているのを見つけるのです。彼は確かにこの細かい亀裂に心をひかれるのですが、しかし、次の瞬間、彼の視野に別のものが入り込んで、そこを通り過ぎてしまうのです。多くの人の目にふれたはずのこの小さな亀裂、それが恐ろしい破局の前兆だなどと気付く人は誰もいなかったのです。そしてこの小説は、やがて私たちの住んでいるこの日本そのものが、ばらばらになって沈んでいくという恐ろしいクライマックスへと展開していきます。小さなしるしに気付いたとしても、それがまさか恐ろしい破局の前兆だなどとわかる人はいなかった。そこに私たちの置かれている状況というものがみごとに描かれているのではないかと思います。
過去から語りかけるものに耳を傾ける人は多くいると思います。私もそれをよくしようとしますし、人にも勧めたりもしています。過去の経験、歴史や伝統というものが大切で有用だと考えるからです。しかし他方、未来から語りかけるものがあるとしたらどうでしょうか。SF小説ならいざ知らず、この時間のレールの上に実際に乗っている私たちは過去から学び、そして未来の子孫たちが自分たちと同じように過去から学ぶことができるように、なにがしかのものを残そうとはします。しかし、時間を逆行する未来から語りかけてくる可能性には、ほとんど心を傾けません。それこそ超越的な出来事となるからです。未来からの語りかけに耳を傾けるということは、人間にとって、決して簡単なことではないようです。そのためには、人間は未来に心を開いていなければならないからです。自分の力や経験に、知恵に頼っている者には、その力も知恵も及ばない未来からのメッセージを聞くということは、たいへん難しいことになるのでしょう。しかし、クリスマスに羊飼いたちが聞いた天使のお告げは、まさに未来からのメッセージであったのです。
与えられたしるしは、「幼子」「布にくるまれ」「飼い葉桶の中」という三つの言葉で表されています。「幼子」は、小さく頼りなくて、無力に見えるが、やがて大きく育ってくるもの。「布にくるまれ」は、くるまれているのですから見えない、隠されている、つまりすぐに目につくようなものではないということ。最後に「飼い葉桶の中」とは、美しくもなく豊かでもないが、しかし生活のにおいがする、土の香がする、そういうものとして与えられると言うのです。未来からのしるしというものは、このように実に身近なところに、しかし、目につきにくい、小さな、頼りがたいものとして与えられるのだと言えましょう。けれども、その小さな「しるし」の中に、未来に実を結ぶ大きな恵みの事実がすでに芽を出しているのだ、ということなのです。それは、クリスマスにお生まれになった主イエス・キリストの十字架によって私たちの抱える罪がすべてゆるされ、永遠の神の国にいたる命が与えられるという救いの出来事です。
私たちはクリスマスを迎えて、イエス・キリストに出会うたびごとに、私たちの悩み多い人生に、未来からの希望のしるしを見出すことができるのです。その確かなしるしを、このクリスマスに、ご一緒に見ることができればと願います。天使がキリストの誕生を告げた時、羊飼いたちは「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせくださったその出来事を見てこようではないか」と互いに語り合い、ベツレヘムに行き、マリアとヨセフ、そして幼子を探しあてたと聖書は告げます。クリスマスに未来からのしるし、メッセージを受け取ることのできた者は、その未来へ向けて行動を起こすでしょう。クリスマスを、過去の出来事として思い巡らすのではなく、未来からのしるし、メッセージとして、今一度新しくこの言葉を受け止めたく願います。クリスマスの主、イエス・キリストが、私たちの未来をも切り開いてくださるとの信頼をもって、新しい一歩を踏み出していきたいと願います。
日本基督教団 小金井緑町教会
山畑 謙 牧師
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